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和歌山地方裁判所 昭和55年(ワ)292号 判決 1981年5月26日

原告 津守孝男

被告 国

代理人 坂田暁彦 豊田誠次 ほか一〇名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 被告は別紙目録記載の防音壁を撤去せよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  予備的請求

(一) 被告は前記防音壁を透明性のものに変更せよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  被告敗訴のときは仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は父訴外津守時麿と、原告住所地上に高さ二一メートルの鉄筋コンクリート造陸屋根六階建店舗兼倉庫兼居宅(本件建物)を共有し、同所において「貴志タンス」の商号で、家具等の販売業を営んでいる。

2  本件建物の使用状況は左のとおりである。

一階 四五五・一二平方メートル 店舗兼展示場

二階 四一二・九八平方メートル 〃

三階 二〇六・三三平方メートル 〃

四階 四七七・八七平方メートル 〃

五階 四七七・八九平方メートル 〃

六階 四七七・八七平方メートル 居宅兼展示場

3  本件建物北側隣接地には昭和四〇年以来六車線(国道二六号線)が走り、その南側端は歩道となつて本件建物の敷地に接し、中央寄二車線は高架橋となり、その高架橋の取付部(盛土部分)のコンクリート擁壁の南端は本件建物の北側端から一二・五メートルの距離があり、右高架橋の北側及び南側に設けられた欄干の高さは本件建物の正面付近において平均一メートルであつた。

4  ところが被告は、昭和五五年三月頃、近畿地方建設局和歌山工事事務所をして、右高架橋の北側及び南側の欄干に沿つて、約二五〇メートルに亘り、路面から高さ二メートルの金属製遮音壁(本件遮音壁)を設置せしめた。

このため本件建物のうち一階からの北方に向けての眺望はほぼ完全に遮断され、それ以上の階からの眺望も著しい障害を受け、同時に右高架橋部分の国道二六号線上からの本件建物に向けての眺望も同様に遮断ないし阻害されるに至つた。

5  原告方の営業は、手作りの職人芸的製品を注文に応じて製作し販売するものではなく、規格的なデザインに基づき大量生産された家具を量販するものであり、従つて広大な展示場、特に一階における豊富な在庫品の展示が最も肝要とされる。

本件遮音壁が設置されるまでは、高架橋からの本件建物内の展示場、及び看板等に対する眺望は良好で、東進車、西進車いずれの方向からも原告方の展示物や看板等は極めて目に付き易い位置関係にあつた。本件建物は右のような眺望を計算に入れて設計建設したもので、原告方の顧客の構成比も、本件建物の展示場や看板を見て入るいわゆる一見の客の割合が比較的高く、その比率も年々高まつていた。

本件建物は店舗兼居宅兼倉庫(実質は展示場)が一体となつており、原告らの日常生活の大部分は主として店舗部分と居宅部分において行われている。原告としては本件遮音壁が設置されるまでの本件建物から北方に向けての良好な眺望にも惹かれて、本件建物を建築し、これを営業と生活の本拠と定めたのである。

しかるに本件遮音壁が設置されたことにより、原告は前記のような営業上の利益、及び人間としての日常生活を心身共に健全快適に過ごすべき人格権を侵害されることとなつた。

6  仮に騒音、振動対策として遮音壁の設置が必要であるとしても、本件遮音壁のような金属製盲目の刑務所の塀の如きものを、商業地区の目抜き幹線道路沿いに設置することは、道路の利用者、付近住民の双方にとつてうとましいことである。

7  よつて、原告は本件建物の所有権、並びに人格権に基づき、主位的請求として本件遮音壁の撤去を、予備的請求として右遮音壁を透明性のものに変更することを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項の事実は認める。同第2項中、本件建物の各階面積が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は不知。同第3項の事実は認める。同第4項中被告が本件遮音壁を設置したことは認めるが、その余は不知。同第5項中、本件遮音壁設置に至るまでは、高架橋からの本件建物内の店舗兼展示場、看板等に対する眺望は良好で、東進車、西進車いずれの方向からも原告方の展示場や看板等が極めて目につきやすい位置関係にあつたこと、本件遮音壁設置により原告の営業上の利益、並びに人間として日常生活を心身共に健全快適に過ごすべき人格権を侵害したことは否認し、その余の事実は不知。同第6項の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件遮音壁の設置は、原告を含む本件道路附近住民からの騒音対策についての陳情によるものであり、また本件遮音壁そのものも、本件道路附近の住民に対して、道路交通騒音の軽減を図るため必要かつ十分な性能を有する材料、構造、設置方法によつているものであり、本件遮音壁の設置は妥当なものである。

2  仮に、本件遮音壁の設置によつて原告が不利益を受けることがあつたとしても、それは社会生活上受忍すべき不利益というべきである。即ち本件遮音壁は、前述のように附近住民の生活環境を保全し健康を保護するために、地元住民の強い要請に基づき、必要なものとして設置されたものであつて、もし本件遮音壁の設置がなく、附近住民の日夜の騒音による障害に思いを至せば、本件遮音壁の設置によつて仮に原告が不利益を受けることがあつても、それは騒音障害を防止するという社会生活上やむを得ない必要からくることであつて、一般に財産権を享有する者が、社会生活上当然受忍しなければならない責務というべきものである。

3  また原告は、予備的請求として遮音壁を透明性のものに変更することを求めている。これは、遮音壁を通して向う側の景色や原告の店舗内の商品が見えるような性質のものと解され、材質としては、ガラス又はアクリル等樹脂系の材料が想定される。しかし本件遮音壁は、吸音性の高いものであることが必要であり、吸音効果の全く期待できないガラスやアクリル板を遮音壁として用いることは、遮音壁相互で騒音の反射を繰返すこととなり、本件道路附近住民に対する道路交通騒音の軽減という遮音壁設置の目的を満すことができなくなつてしまうのである。

4  以上のとおり、原告の主位的請求、及び予備的請求はいずれも失当であるから棄却さるべきである。

第三立証 <略>

理由

一  原告が肩書住所地に本件建物を父訴外津守時麿と共有し、右建物において「貴志タンス」の商号で家具等の販売業を営んでいること、本件建物北側隣接地には昭和四〇年以来六車線(国道二六号線)が走り、その南側端は歩道となつて本件建物の敷地に接し、その中央寄二車線は高架橋となり、その高架橋の取付部(盛土部分)のコンクリート擁壁の南端は本件建物の北側端から一二・五メートルの距離があり、右高架橋の北側及び南側に設けられた欄干の高さは本件建物の正面付近において平均一メートルであつたこと、被告が昭和五五年三月頃、近畿地方建設局和歌山工事事務所をして、右高架橋の欄干に沿つて、路面から高さ二メートルの本件遮音壁を右高架橋北側及び南側各約二五〇メートルに亘つて設置したことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は本件建物を請求原因第2項記載のとおり使用していることが認められる。

二  原告は、本件遮音壁が設置されたことにより、高架橋からの本件建物に向けての眺望が悪化し、それが原因となつて原告方顧客のうち大きな比率をしめる一見の客が減少した旨、並びに本件建物一階から北方への眺望が侵害された旨主張して、本件遮音壁の撤去を求める。

<証拠略>によれば、本件遮音壁が設置されたことにより、高架橋から本件建物一階に向けての眺望、並びに本件建物一階から北方に向けての眺望が阻害されるに至つたことが認められ、右事実からすれば、本件遮音壁の設置により、原告において営業上若干の不利益を受け、また日常生活上若干の不快感を伴うに至つたであろうことは一応推認できる。また人間の生活において営業上の利益、或いは生活の快適さが必要であり、これらが法律上の権利、或いは生活上の利益として法的保護に値するものであることもいうまでもない。

しかし遮音壁が道路周辺住民に対する騒音対策として設置されるものである以上、原告としては、相隣者、或いは社会の一員として、遮音壁より生ずる多少の不利益、不快感はこれを受忍しなければならないものというべきであり、従つて原告が本件遮音壁の撤去を求めるためには、その受ける不利益の内容、程度と、本件遮音壁のもつ社会的価値とを比較衡量し、その被害が社会生活上受忍すべき限度をこえていることが必要であるというべきところ、<証拠略>によれば、本件道路附近は住宅が密集しているところ、附近住民より、昭和五一年七月二七日、及び昭和五四年六月二七日の二回に亘り、近畿地方建設局和歌山工事事務所長に対し騒音、振動防止対策を求める陳情がなされ、右陳情に基づき、同事務所がその頃本件高架橋附近の交通量及び騒音調査を行なつたところ、交通量は本線で一日三万〇〇〇八台、側道で五六〇六台、計三万五六一四台、騒音値は夜間一〇時台で六四ホーンに達したこと、右六四ホーンの数値は騒音規制法一七条一項に基づく要請基準に相当し、また前記のとおり附近住民の陳情があつたこともあつて、同事務所においては現位置に遮音壁を設置することとし、右遮音壁の高さにつき騒音の予測計算を行なつてこれを二メートルとすることとし、昭和五五年三月二二日本件遮音壁が設置されたこと、本件遮音壁を撤去した場合、相当強度の騒音が附近住民に及ぶことが認められ、右事実からすれば本件遮音壁は附近住民のため公益性を有するものというべきである。

これに対し原告においては、前記のとおり本件遮音壁の設置により、高架橋から本件建物一階に向けての眺望、並びに本件建物一階から北方に向けての眺望が阻害され、営業上、また日常生活上若干の不利益、不快感を受けるとしても、<証拠略>によれば、本件建物二階附近より六階附近まで「家具貴志タンス」と記した大きな看板が掲げられ、更に本件建物屋上には同様「家具・本家貴志・タンス」と記した大きな広告塔が設置されていることが認められるから、本件遮音壁の存在にもかかわらず高架橋から容易に貴志タンス店の存在を認識することができるものというべきであり、また本件建物二階以上の階からの北方への眺望は本件遮音壁によつて何ら阻害されないのであるから、本件遮音壁設置によつて原告の蒙る被害は、これを撤去した場合に附近住民の受ける騒音被害に比し、社会通念上受忍すべき限度内にあるものといわざるを得ない。

よつて本件遮音壁の設置をもつて違法とすることはできず、従つてその撤去を求める請求はこれを認めることができない。

三  更に原告は本件遮音壁を透明性のものに変更することを求める。

しかし<証拠略>によれば、本件において吸音性の遮音壁を使用したのは、設置場所が高架橋であり、しかも二車線で道路の幅員が狭く、反射性の遮音壁では音が相互に反射して、騒音の反射を繰返すこととなり、騒音の軽減という遮音壁設置の目的を果さない結果となること、また透明な材料では反射性の遮音壁しかなく、本件建物の前だけを透明性の遮音壁に変えた場合、本件建物の反対側の家では双方吸音性のものを使用した場合よりも騒音値が高くなること、透明性の遮音壁は透明度を維持するのが困難であることが認められ、右事実と前記認定の本件遮音壁設置によつて原告の受ける不利益とを比較すると、前同様未だ受忍限度の範囲内といわなければならない。原告は、右遮音壁が付近住民の要望に基づくものではない旨主張するが、原告が右遮音壁設置工事中に同工事につき異議を述べたことは<証拠略>により認められるものの、原告以外の他の附近住民が右工事につき異議を述べたことについては、<証拠略>は原告以外の者が真意で署名押印したものか否か明らかでなく、採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

四  よつて、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋水枝)

別紙目録 <略>

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